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大毅くん、お疲れ様でした! ~大学野球~

やほーさんのトップに “達川氏、「大石は津田の再来」” と出ていた。


「津田の再来」。


津田さんの女房役だった達川さんが言うくらいだから
大石投手ってそんなにスゴイ選手なんだー、そう思ったと同時に津田さんのコトを
懐かしく思い出した。
さらには津田さんの息子さん、大毅くんのことも。




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G党の私は “炎のストッパー” と呼ばれたカープの津田恒美投手が嫌いでした。

試合終盤、津田さんが出てくるといつも、
あー出てきちゃったよ津田・・・ってな思いでナイターを見ていた人です。
その津田さんが病気療養のため登録抹消との新聞記事が出た。

発表された病名は “水頭症” 。

病気については全くわからなかったけど病名に “頭” なんて入ってる。
それだけで大きい病気なんじゃないか、完治するのかな、何か、イヤな病名だな・・・
って、野球ファンとして津田さんの容体がすごく心配だった。


津田さんの本当の病名は “脳腫瘍”。

再びマウンドに上がりたいとの強い思いで闘病されていた津田さんでしたが
その願いは叶わず、32歳の若さで亡くなられました。

津田さんの訃報が伝えられたのはオールスター開催日。
こんな華やかな日に、こんなに悲しい出来事・・・。

津田さんは治療に専念するためにカープをすでに退団していたのですが
ご本人もファンも病気が治ったら必ず戻ってくる!
そう思っていたのでたとえ、どのチームに所属されていなかったとしても
 “現役” 、そう表現して間違いなかった。

あのトキ、現役絶頂期の選手が亡くなられた衝撃は本当に大きなものだった。


この年のシーズンオフにNHKスペシャルで放送された “もう一度投げたかった” 。
津田さんの野球人生、闘病生活が描かれた番組で私はリアルタイムでは見なかったのですが
再放送されたときにたまたまテレビをつけていて、はじめは
何となく画面をながめていただけだったのにいつの間にかその壮絶な人生に引き込まれ
最後の方は家族に見られない様にこっそり?号泣してた。

このNスペはのちに何回も再放送されました。
その度に見ては都度、号泣・・・。
中国地方で放送された日は毎回、高視聴率をあげていたそうです。

Nスペの1シーンに “炎のストッパー” VS “若大将” の対決がありました。
“若大将” とはGの原監督。

ある日、炎のストッパーが投じた渾身の1球を打席に立つ若大将が力いっぱい打ち返した。
結果、ファールになったんだけどこのトキに若大将は骨折。
フツーに打席に入ってい力いっぱいバットを振ったら骨折。
ありえないでしょ・・・。
原がどうだってコトじゃない。
“弱気は最大の敵” 、1球1球その想いをこめて投げていた津田さんの
気持ちの投球に正面からぶつかって行った結果が骨折だった。

こんなピッチャーはもう現れないのかな・・・。





津田さんが亡くなられた当時、息子さんの大毅くんは4歳でした。

それから数年後、小学生になった大毅くんがプロ野球の始球式でお父さんと
同じマウンドに上がった姿を新聞で見ました、ちょうど大毅くんが野球を始めた頃のこと。

さらに少し時間が経って、2008年に元広島の監督・古葉さんが
東京国際大学野球部の監督に就任されたのを機に
地元、九州の大学に通っていた大毅くんが同大学に編入。
試合、見に行きたいなーと思いながらもなかなかその機会を作れずに結局
一度も大毅くんのユニフォーム姿を見られないまま昨秋、引退。

大毅くんは来月、東京国際大学を卒業します。


「多くの人に愛された父に人間として追いつきたい」


大学卒業と同時にユニフォームを脱ぐことに決めた大毅くんのこれからの人生が
輝かしいものである様、一人の野球ファンとして願いたい。


大毅くん、卒業おめでとうございます。

それと・・・、お疲れ様でした!




津田大毅選手





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テーマ : 野球 - ジャンル : スポーツ

tag : 大学野球